「くもはち」 山崎峰水/大塚英志

くもはち (カドカワコミックスAエース)

くもはち
山崎 峰水 大塚 英志 / 角川書店 (2005/12/22)


評価:★★☆☆☆


この時代の妖怪モノ。と言うと
やはり思い出してしまうのは京極堂シリーズでありまして。
いけないとは思いつつ、比べながら読んでしまいました。

いや、そもそも妖怪モノと言っても
京極堂が、妖怪の仕業としか思えないような不思議な出来事も
謎を解明すれば人の所業で、「妖怪なんていないんだよ」と。
そういう内容の物語であるのに対して
本作は「妖怪はいる」という物語。
まったく正反対の内容なので
比べるのはちょっと違うかな、とも思ったのですが・・・。


とは言え、第二話冒頭に登場する
鞄に収められた首だけの少女を見た時などは
もう完全に『魍魎の匣』のシーンを想像してしまいました。みっしりみっしり。
こんな「首だけの少女がしゃべる」という不思議も
『魍魎』ではこうこうこういう経緯があって
だから少女はこんな姿になってもしゃべる事が出来たのですよ。となり
「おおお!!」と感嘆したわけですけれど

本作は妖怪はいるという設定なのですから。
「それは○○という妖怪です」で終了なわけです。うーむむむ。

それじゃあと、思考回路を「妖怪はいる」と切り替えて
いざ読み返して見ると
今度は何が起きても不思議ではない世界になるわけで。
そんな河童やろくろっ首や妖精で、皆なに驚いてんだい。と。
だってそういうものは存在しているんでしょう?と。


1話目のように、それは「遺伝子的なもの」という事で終了と思いきや
最後にちょこっと不思議なエッセンスを投げかけて終わる。
この終わり方が凄く好ましくて「おお良作!!」と思えただけに
2話目から先の「妖怪当たり前」な流れは
ちょっと残念でなりませんでした。


と、なんだか批判的な事ばかり書いてしまいましたが
でもですね、1話目が凄く良かっただけに
色々な部分が勿体無くて仕方が無いんですよ!!

そもそもキャラクターが勿体無い!!

主人公であるのっぺらぼうの絵師「むじな」も
何やら変わった能力をもっている「くもはち」も
そのキャラクターの性質や性格が
まったく生かされていなかったように思うのです。

「むじな」なんて、「のっぺらぼう」であるにも係わらず
普通に町を歩いて人に会っても驚かれることも無くて。
正直のっぺらぼうである必然性はどこにもなかったですよね?

最後には明かされるであろうと思っていた
「くもはち」の右目の事も良く分からないままだったし・・・。


他の登場する著名人たちも
北神伝綺』の宮沢賢治や竹久夢二に比べたらなんだか普通で。
あ、いや、変わり者に描けと言うのでは無いですけれど
でもどちらの作品の人物が魅力的かと言ってしまえば
正直『北神伝綺』の方かな・・・。と。
唯一『北神伝綺』ではヘタレオヤジであった柳田教授が
素敵ナイスガイになっていてうふふでしたが。


そんなわけでこの作品
決して面白くないわけではないのですが
しかし、もっともっと面白くなる要素が含まれているだけに
残念だな。というのが正直な感想でありました。

そういえば本作。特に「1巻」とか書かれていないのですけど
これで終わりなのでしょうか?
あ、でもそうか。最終話でくもはちの正体が判明したわけだし
終わりなのか・・・。
しかし、むじなくんの顔のその後とか、
そもそも「仔細な事情は追々記すが」とか言っておいて
のっぺらぼうになった時の話、描かれていませんでしたよね!!
もう本当に、勿体無い事だらけだ!!


とりあえず小説版くもはちも一緒に購入しましたので
これから読んで、その辺の勿体無さが埋まる事を祈っております。


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posted by 麻吉 at 2006/07/20 23:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | COMIC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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